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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)113号 判決 1984年6月28日

東京都世田谷区祖師谷六丁目八番七号

原告

藤嶋守

右訴訟代理人弁護士

松井繁明

宮原哲朗

東京都世田谷区若林四丁目二二番一四号

被告

世田谷税務署長

小野陽一郎

右指定代理人

井上經敏

屋敷一男

原田昭男

三輪裕昭

牧野公平

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一、原告

1  四谷税務署長が原告に対し昭和五〇年三月八日付けでした原告の昭和四六年分、昭和四七年分及び昭和四八年分の所得税についての各更正及び各過少申告加算税賦課決定(ただし、昭和四七年分については審査裁決により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二原告の請求原因

一  原告は、東京都新宿区新宿一丁目三一番一二号に事業所を構え、同事業所においてオフセット印刷業を営むいわゆる白色申告者であるが、その昭和四六年分ないし昭和四八年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税について、原告がした各確定申告、これに対して四谷税務署長がした各更正(以下「本件各更正」という。)及び各過少申告加算税賦課決定(以下「本件各賦課決定」という。)、原告がした各異議申立て及び各審査請求並びにこれらに対する各異議決定及び各審査裁決の経緯は、別表一ないし三のとおりである。

二  しかしながら、本件各更正には、次に述べるような違法があり、したがって、本件各更正を前提としてされた本件各賦課決定も違法である。

1  本件各更正に係る調査(以下「本件調査」という。)には、次のような違法があり、このような違法な調査を前提としてされた本件各更正は違法である。

(一) 四谷税務署長所部係官は、本件調査に際し、原告から調査の具体的理由を開示するよう強く要望されたにもかかわらず、これを開示しなかったから、本件調査は違法である。

(二) 四谷税務署長所部係官は、本件各更正をするに際し、原告に対する調査は一度もせずに、原告の取引先を調査して原告の営業を妨害したものであるから、本件調査は違法である。

2  本件各更正に係る更正通知書には更正の理由が具体的に示されていないから、本件各更正は違法である。

3  本件各更正は、原告の総所得金額を過大に認定したものであるから、違法である。

三  昭和五一年一〇月一五日、原告の納税地が肩書地に変更したことに伴い、被告が原告の納税地を所轄する税務署長となった。

四  よって、原告は、本件各更正及び本件各賦課決定の取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二のうち、本件各更正に係る更正通知書に更正の理由が具体的に示されていないこと及び四谷税務署長所部係官が原告の取引先を調査したことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

三  同三は認める。

四  同四は争う。

第四被告の主張

本件各更正は、次に述べるとおり適法であり、したがって、本件各更正を前提としてされた本件各賦課決定も適法である。

一  本件調査には、原告の主張するような違法はない。

1  本件調査の経緯は、次のとおりである。

(一) 四谷税務署長は、原告の昭和四五年分及び昭和四六年分の各確定申告書にはいずれも所得金額は記載されているものの、収入金額及び必要経費の記載がないため、所得金額の計算の内容が不明確であり、また、昭和四七年分の確定申告書には所得金額のほかに営業所得欄に収入金額と推定しうる記載もあるがこれによると収入金額に比して所得金額が、原告と同規模程度の同業者と比較して過少と認められ、かつ、必要経費の記載がなく計算の内容が不明確であったことから、右各年分ともその所得金額に疑問がありその当否を調査する必要があるものと認め、所部係官望月高夫(以下「望月係官」という。)に調査を命じた。

(二) そこで、望月係官は、昭和四八年一二月一三日、原告の昭和四五年分ないし昭和四七年分の所得税調査のため原告の事業所へ臨場したが、原告から「所得税の調査とは、どういうことをするのか。」「何年分の調査か。」などと尋ねられたので、調査とは、原告が申告した所得金額について、その当否を確認するため、その計算の基礎になった収入金額及び必要経費の内容を調査するものである旨説明し、また、原告に対する調査は、昭和四五年分ないし昭和四七年分について行う旨を告げたところ、原告はこれに納得した。次いで、望月係官が、右各年分の確定申告書記載の所得金額に関する帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、初めは、これに応じようとしなかったものの、同係官の再度の要請を受けて、「今週中は無理かも知れないが、事務所へ書類をそろえたら電話で連絡する。)と約束した。そこで、望月係官は、同日は、原告から原告の事業の概況について聴取しただけで帰署した。その後、原告からは何らの連絡もなかったため、望月係官が、原告に電話連絡したところ、原告は、 「取引先が倒産状態になり、連日奔走中であるので、しばらく待って欲しい。整理がつき次第連絡する。」と答えたが、その後も、原告からの連絡はなかった。そこで、望月係官は、昭和四九年一月一七日、原告に電話連絡し、帳簿書類の提示方を要請したところ、原告は、これまでの約束に反し、これを拒否する旨答えたため、同係官は、原告に直接会って話をしたい旨申し入れ、翌一八日に面接することで原告の応諾を得た。そして、望月係官が、同月一八日、原告の事業所へ臨場し、帳簿書類の提示方を要請したところ、原告は、「取引先から、税務署に見せないで欲しいと頼まれている。」などと答えて、これに全く応じようとしなかった。そのため、望月係官が、更に帳簿書類の提出方を要請したところ、原告は、同月二一日までに電話連絡する旨約束した。ところが、原告が約束した二一日を過ぎても、原告から何の連絡もなかったので、望月係官は、同月二三日、原告の事業所に臨場した。その際、望月係官は、原告から「前回約束した日時に税務署に電話をかけなかったが、それよりも、原点に帰って話をしよう。」と言われたので、原告に対し、「原点に帰るとは、どのような意味か。」と尋ねたところ、原告は、「原点とは、調査する理由を明らかにすることだ。」と答えた。そこで、望月係官は、原告に対し、(一)記載の調査をする必要があると認めた理由を述べたうえ、繰り返し、帳簿書類を提示するよう要請した。しかしながら、原告は結局、これに応ずる意思がないことを表明した。次いで、望月係官は、原告の雇人費について質問したが、原告が外出の支度を始めたため、これ以上協力を得られないものと判断し辞去せざるをえなかった。

(三) 右に述べたとおり、原告が、望月係官の再三にわたる帳簿書類の提示要請に協力せず、これを拒否したことから、四谷税務署長は、原告の所得金額を把握するためには、原告の取引先又は取引銀行等について調査せざるをえないものと判断し、これを開始するに至った。

(四) その後、四谷税務署長は、原告から提出された昭和四八年分の所得税の確定申告書を検討したところ、収入金額に比し所得金額が原告と同規模程度の同業者と比較して過少と認められたこと等から、同年分の所得金額に疑問があり、その当否を調査する必要があるものと認め、望月係官に対し、右調査を命じた。これを受けた望月係官は、昭和四九年七月一六日、原告の事業所に臨場したが、原告から、翌一七日午後二時ごろに延期してもらいたい旨告げられたため、いったん帰署し、翌一七日午後二時ごろ再度同事業所に臨場した。ところが、原告は不在であり、結局その日には面接することができなかった。その後、望月係官は、原告と電話連絡をした上、同月一九日、原告の事業所へ臨場したが、原告は、同事業所の外へ出て、後ろ手でその戸を締め、調査に対し非協力的態度を示した。望月係官は、同事業所の外において、原告に対し、原告の昭和四八年分の所得税についても、昭和四七年分と同様の理由により調査する旨告げた上、帳簿書類を提示するよう要請した。これに対し、原告は、「見せられない。何のために調査をするのか。」と述べて、右要請を拒否し、望月係官から再度調査趣旨の説明を受けるや「それは分かります。」と答えながらも、右要請に対しては、「あなたの方で、今まで調査してきた方法ですればよいではありませんか。」と答えるのみで、これに応じなかった。次いで、望月係官は、原告に対し、原告の雇人費について質問したが、原告は、これに一切答えようとはしなかったため、同係官としては、原告の協力は到底得られないものと判断せざるをえなかった。

(五) 以上のとおり、原告は、原告の本件係争各年分の事業所得金額を実額により算出するための基礎資料となるべき帳簿書類を一切提出しようとせず、また、望月係官がした質問にも何ら具体的に答えようとしなかった。

2  請求原因二1(一)について

税務職員は、所得税法二三四条に規定する質問検査権を行使するに当たり、調査の具体的理由を開示すべき法的義務を負うものではない。しかも、本件調査においては、前記のとおり望月係官が、原告の要望に応じて、原告に対し、本件調査の必要性(調査理由)を開示しているのであるから、原告の右主張は失当である。

3  請求原因二1(二)について

税務職員は、所得税の調査に当たり、納税者に対する調査を経た上でなければその取引先等の調査(以下「反面調査」という。)を行うことができない旨を定めた法令上の規定はなく、必要に応じ先に反面調査を行うこともできると解されている。しかも、本件調査においては、前記のとおり、反面調査は、望月係官が、原告に対する調査を前後三回にわたって行った上で、開始されたものであるから、原告の右主張は失当である。

二  更正の理由附記について

更正通知書に更正の理由を附記しなければならないのは、青色申告書に係る更正の場合であって(所得税法一五五条二項)、青色申告書以外の申告書(以下「白色申告書」という。)に係る更正については、更正通知書に更正の理由を附記することを要求する法令上の規定はない。したがって、白色申告者である原告の本件各更正に係る更正通知書に更正の理由を具体的に示さなかったからといって、何ら違法なものではない。

三  原告の本件係争各年分の総所得金額は、次に述べるとおりであり、いずれも本件各更正において認定された総所得金額を超えるものである。したがって、本件各更正には原告の総所得金額を過大に認定した違法はない。

1  原告の本件係争各年分の総所得金額は、いずれも右各年分の事業所得の金額に一致するところ、右各年分の事業所得の金額及びその算出根拠は次の各表のとおりである。

(一) 昭和四六年分

<省略>

売上原価等とは、売上原価、経費(ただし、建物に係る減価償却費、租税特別措置法に基づく割増(特別)償却費、利子割引料、貸倒金、固定資産売却・除却損及び地代家賃を除く。)及び専従者給与の合計額をいう(以下同じ)。

(二) 昭和四七年分

<省略>

(三) 昭和四八年分

<省略>

2  被告は、本件係争各年分の売上原価等を構成する売上原価、一般経費、人件費、外注費等の各経費項目については、前記一1(一)で述べた事情から、これを実額で把握することができなかったものであるが、これらを一括した全体としての売上原価等の必要経費が売上金額と相関関係にあるので、次に述べるような推計方法(以下「被告の推計方法」という。)によって算出した。すなわち、被告は、右各年分ごとに、後記3で述べる基準により原告と同種、同規模、同内容の事業を営んでいる同業者(以下「本件同業者」という。)を抽出したうえ、右各年分ごとに、別表四ないし六記載のとおり、本件同業者の売上金額に対する売上原価等の比率(経費率)の平均値(平均経費率)を求め、これを実額で把握した原告の右各年分の売上金額に乗じて算出した。その算式は次のとおりである。

(一) 昭和四六年分

7,999,669円×0.6199=4,958,995円

(売上金額) (平均経費率)(売上原価等の額)

(二) 昭和四七年分

16,526,658円×0.5692=9,406,974円

(売上金額) (平均経費率)(売上原価等の額)

(三) 昭和四八年分

16,981,870円×0.6377=10,829,339円

(売上金額) (平均経費率)(売上原価等の額)

ところで、右に述べたように、被告が、原告の売上原価、一般経費、人件費、外注費等の各経費項目ごとに推計する方法を採らず、その全体を売上原価等として推計する被告の推計方法を採用したことには、次に述べるとおり合理性がある。すなわち、一般に事業を営む青色申告者が、納税申告に係る決算書を作成するに当たっての費用記載方については、税務署から交付された青色申告決算書の所定の様式に従い、売上原価及びその他の経費について各経費項目ごとに、その費用の額を掲記することになっており、更に、印刷業等の製造業を営む者の製造費用の記載方については、原則的には、右決算書所定の「製造原価の計算」欄により製造原価の計算を行った上、その金額を損益計算書の「売上原価」欄に一括記載することとなっているのであるが、本件同業者を含む個人印刷業者の中には、製造原価の計算そのものを行わない者もいるし、これを行っている場合であっても、その製造原価に含ませた各経費項目が個々の納税者によって相違していることが多く、また、個々の経費項目の内容についても、個々の個人印刷業者の判断によって相違することもあるなど、個々の納税者間において、決算書の掲記方法ないし経理方法の差異が認められる。そして、法人税にあっては商法等の規定や交際費等の損金不算入に関する租税特別措置法六二条の規定から、右経費項目の適正な経理が要請されるものの、所得税にあってはこのような要請はなく、納税者の計上する個々具体的な経費が所得税法所定の「必要経費」に当たるかどうかを判定できればよいとされているのであるから、このような法の建前からみても、個人印刷業者について、経理方法の不統一が生ずることを避けることはできないものというべきである。このような事情の下においては、個々の個人印刷業者の決算書の数値から、売上金額に対する各経費項目ごとの比率を算出してみても、その比率は必ずしも同じ性格の費用の比率を意味しているものとはいえず、したがって、右比率の平均値をもって原告に係る各経費項目ごとの額を推計したとしても、それによって算出された各金額はかえって実額から遊離する結果となる。したがって、売上金額に対する各経費項目ごとの比率の平均値ではなく、これら経費項目を一括した全体としての必要経費である売上原価等について、その比率の平均値(平均経費率)を算出する方が、個々の個人印刷業者間における決算書掲記方法ないし経理方法の差異についての問題は生じることがなく、より実状に符号し、かつ、右平均経費率を適用して算出された数額が、原告の全体としての必要経費である売上原価等の実額により近づくことになる。しかも、右推計方法によって算出される数額の中には、売上原価、一般経費、人件費、外注費等の各経費項目に当たる金額が含まれているのであるから、何ら原告に不利益を与えるものではない。以上により、被告の推計方法には合理性があるというべきである。

3  被告は、前に述べた平均経費率を求めるに当たり、原告の事業所を所轄する四谷税務署管内並びにその近隣の淀橋、小石川及び本郷の各税務署管内において、次の条件をすべて満たす者を本件同業者として抽出した。

(一) 印刷業を営む個人のうち、オフセット印刷機を所有して、オフセット印刷を専業としている者

(二) 昭和四六年分ないし昭和四八年分の各年分ごとの所得税の申告を青色申告によっている者

(三) 昭和四六年分ないし昭和四八年分の各年分ごとの売上金額が、それぞれ、昭和四六年分については、四〇〇万円以上一六〇〇万円以下の者、昭和四七年分については、八〇〇万円以上三三〇〇万円以下の者及び昭和四八年分については、八〇〇万円以上三四〇〇万円以下の者

(四) 外注費及び人件費(ただし、青色専従者給与を含む。)の両者又はいずれかの支払がある者

(五) 年を通じて事業を継続している者で、災害等により経営状態が異常でない者

(六) 税務署長から更正又は決定を受けた場合は、不服申立期間又は出訴期間の経過していない者及び当該処分に対して不服申立て又は訴えがされ現在審理中の者のいずれにも該当しないこと。

ところで、本件同業者を抽出するために用いた右基準は、原告との間における業種、立地条件、事業形態及び事業規模等の営業条件の類似性を十分に考慮しているから、被告の推計方法は合理的である。すなわち、右抽出基準においては、まず、本件同業者の収集範囲を原告の事業所を所轄する四谷税務署管内並びにその近隣の淀橋、小石川及び本郷の各税務署管内としたことによって、立地条件の類似性を考慮しており、また、具体的に同業者を抽出するに当たっては、(一)ないし(六)の条件をすべて満たす者としたのであるが、右条件のうち、(一)及び(四)は、原告と同種の事業を営み、かつ、事業形態が類似している者が、(三)は原告と事業規模が同程度である者が、それぞれ抽出されるよう考慮したものであり、更に、(五)は特殊事情のある者を除外したものである。なお、(二)及び(六)は、比率算出の基礎となる数額の正確性及び安定性を考慮したものである。

第五被告の主張に対する原告の認否

一1  被告の主張一1(一)のうち、昭和四五年分及び昭和四六年分の各確定申告書に所得金額が記載されているが、収入金額及び必要経費の記載がないこと並びに昭和四七年分の確定申告書に所得金額及び営業所得欄に収入金額が記載されていることは認めるが、その余の事実は不知。

2  同(二)のうち、望月係官が数回にわたって原告の事業所へ臨場したことは認めるが、その日時は不知。その余は否認する。原告は、望月係官が原告の事業所へ臨場した際、同係官に対し、一貫して調査の理由及びその範囲を開示するよう求め、これを開示すれば同係官の要請に応じて原告の帳簿書類等を提示する旨述べた。ところが、望月係官は、原告に対し、調査の理由及びその範囲を開示することなく、帳簿書類の提出を要請するのみであったことから、原告は、同係官に対し、これを拒否したものであって、同係官の右要請に同意したことは一切なく、したがって、帳簿書類の提出予定日等に関し約束したこともない。

3  同(三)のうち、原告が望月係官の再三にわたる帳簿書類の提示要請に協力せず、これを拒否したことは否認する。

4  同(四)のうち、望月係官が数回にわたって原告の事業所へ臨場したことは認めるが、その日時は不知。その余は否認する。

5  同(五)のうち、原告が帳簿書類を提出しなかったことは認める。

6  同2及び3は争う。

二  同二は争う。

三1  同三1(一)の表のうち、順号<1>、<3>及び<4>は認め、その余は否認する。

2  同(二)の表のうち、順号<1>、<3>ないし<5>は認め、その余は否認する。

3  同(三)の表のうち、順号<1>、<3>ないし<5>は認め、その余は否認する。

4  同2の主張は争う。

5  同3のうち前段の事実は不知。後段の主張は争う。

第六被告の主張に対する原告の反論

一  被告の主張一2に対する反論

所得税法は申告納税制度を採用しており、税額は納税者の意思によって確定するのが原則であって、税務署長の決定又は更正によって確定するのは例外的な場合である。このこと自体からみても、税務署長が決定又は更正のための調査を行う場合には、それを行うだけの合理的な理由、根拠を必要とするものといわなければならない。加えて、質問検査権は、被調査者の承諾を要するいわゆる任意調査ではあるが、被調査者は、調査について受忍義務を負い、調査に応じない場合には、処罰の対象になるものであり、(所得税法二四二条八号)、また、被調査者にとっては、税務署長の調査を受けること自体、取引の信用等種々の私的利益につき多大の損害を受けるものであることに照らせば、納税者の基本的人権とも深いかかわりをもつものというべく、したがって、安易に徴税の便宜という理由のみで質問検査権が行使されるならば、納税者の基本的人権が大きく侵害されるおそれがあるのである。このような申告納税制度の建前及び被調査者の人権尊重の要請という見地からみれば、法は当然に質問検査権を行使する税務職員に対し調査の必要性について開示すべき義務を要求しているものと解される。所得税法二三四条は右の趣旨をうけて、「……税に関する調査について必要があるとき」と規定しているのである。そして、調査理由の開示は、単に一般的、概括的に行うだけでは十分でなく、できる限り、具体的、特定的に行うべきものと解されるのである。

右のような調査理由の開示のない限り、被調査者は適法に質問検査を拒むことができるものである。

二  被告の主張一3に対する反論

反面調査は、納税者の調査の過程において、これのみでは課税標準及び税額等の内容を把握できないことが明らかになった場合に、その限度で行うことができるものと解すべきである。なぜならば、反面調査が安易に行われるならば、それによって納税者は取引上の信用等種々の私的利益につき多大の損害を受けるおそれがあり、場合によっては、納税者の経済界における生命が断たれるおそれすらあることが明らかであるからである。また、反面調査の対象者自身は、直接納税義務を負うものではなく、資料の提出を義務づけられるものでもないのである。

そして、税務職員は、質問検査権を行使するに当たり、具体的な調査理由を開示すべきところ、本件調査においては、原告に対し、何らこれを開示しなかったことは前に述べたとおりであるから、法的には、原告に対する調査は全く行われなかったものと評価することができるのである。それにもかかわらず、反面調査が行われたのであるから、それは違法というべきである。

三  被告の主張二に対する反論

青色申告書に係る更正の場合に理由附記を要求した所得税法一五五条二項の規定は単に注意的に明文規定を設けたものにすぎず、明文規定のない白色申告書に係る更正の場合にも、更正通知書に更正の理由を附記することが要求されているものと解すべきである。このことは、憲法三一条の規定の趣旨からみても、そのように解されるし、また、更正又は決定に対する異議審理手続の際には、白色申告者である異議申立人に対しても意見を述べる機会が与えられているのであって(国税通則法八四条)、右意見陳述を行う前提として更正の理由の開示を受けておくことが必要となることは当然である。加えて、本件の場合のように、推計課税がされるような場合には、推計の必要性及び推計の方法に関する理由の附記がされていなければ、納税者が右課税処分の違法を争うに際し、適正な攻撃防禦を尽くすことが不可能となることからも、右の解釈が基礎づけられるのである。

四  被告の主張三に対する反論

原告の本件係争各年分の事業所得金額は、次に述べるとおりであり、その算出方法は、被告の推計方法に比し、より合理的であるというべきである。

1  原告の右各年分の事業所得金額及びその算出根拠は次の各表のとおりであり、外注費の内訳は別表七、人件費の内訳は別表八各記載のとおりである。

(一) 昭和四六年分

<省略>

(二) 昭和四七年分

<省略>

(三) 昭和四八年分

<省略>

2  原告は、本件係争各年分の外注費及び人件費が実額で把握できるので、これらを除いた売上原価及び一般経費についてのみ次に述べるような推計方法によって算出した。すなわち、本件各更正に係る審査裁決で採用された差益率(以下「本件差益率」という。)及び一般経費率(以下「本件一般経費率」という。)をそれぞれ援用し、これらをそれぞれ右各年分の売上金額に適用して算出した。その算式は次のとおりである。

(一) 昭和四六年分

(1) 売上原価

7,999,669円-7,999,669円×0.8648=1,052,757円

(売上金額) (売上金額) (差益率) (売上原価)

(2) 一般経費

7,999,669円×0.2282=1,825,524円

(売上金額) (一般経費率) (一般経費)

(二) 昭和四七年分

(1) 売上原価

16,526,658円-16,526,658円×0.8528=2,432,725円

(売上金額) (売上金額) (差益率) (売上原価)

(2) 一般経費

16,526,658円×0.1854=3,064,042円

(売上金額) (一般経費率) (一般経費)

(三) 昭和四八年分

(1) 売上原価

16,981,870円-16,981,870円×0.8477=2,586,339円

(売上金額) (売上金額) (一般経費率) (売上原価)

(2) 一般経費

16,981,870円×0.2024=3,437,130円

(売上金額) (一般経費率) (一般経費)

五  被告の主張三2に対する反論

本件においては、原・被告間に争いがない売上金額並びに特別経費である利子割引料、地代家賃及び貸倒金のほか、外注費及び人件費が実額で把握できるのであるから、これらを除いた実額で把握できない必要経費の部分である売上原価及び一般経費についてのみ推計方法を用いて算出するのが、合理的であり、かつ、一般に承認されている所得金額の算出方法である。これに反し、被告の推計方法は、右実額で把握できる部分を全く無視するもので、実額課税の原則を採る現行所得税の課税原則に照らせば到底容認できない。

また、事業所得の計算は、原則として会計学的手法によって行うべきものと解されているところ、各経費項目に係る処理の会計原則はそれなりに確立しているのであるから、仮に個々の納税者によりその処理に差異があるとしても、そこから生じる誤差はかなり限られたものというべきである。そして、その誤差が、被告の主張する推計方法を採用することによって生ずる誤差よりも常に大であるとはいえない以上、被告の推計方法が合理的であるとはいえないものである。

六  被告の主張三3に対する反論

被告の主張する本件同業者の抽出基準は、次に述べるような営業条件及び原告の特殊事情を考慮していない。したがって、被告の推計方法は不合理である。

1  同業者の営業年数を考慮していない。

印刷業の場合、営業年数(営業実績)を積み重ねていくうちに、信用を獲得し、単価も高く工場の機械・人員の能力に見合った優良な得意先を開拓し、これを確保していくものであるから、営業年数により売上金額及び必要経費に著しい差異が生じるものである。

また、印刷業においては、通常、所在地域から受ける注文が大多数を占め、これによって安定した顧客を確保するとともに単価や支払条件の向上を図ることができるものである。ところが、原告が、昭和四二年八月、千代田区で印刷業を開始したものの、昭和四四年八月に新宿区に移転したため、その営業につきほとんど新規開拓と同様の状況にあった。したがって、長年、同一の場所で営業を継続している同業者と原告とでは営業条件を全く異にし、両者の売上金額にも直接の差異が生じるものである。

2  同業者の所有するオフセット印刷機械の機種及び台数を考慮していない。

オフセット印刷機械は、その大きさ、回転スピード及び多色刷りか否かを基準とする機種の違いにより、その性能に著しい差異を生じるから、印刷業者が所有している印刷機械の機種及び台数のいかんが得意先の優劣や必要人員等に大きく影響し、その結果、売上金額及び必要経費に著しい差異が生じるものである。そして、原告が当時所有していた機械は、最も旧式、小型の菊半裁の単色機二台であった。

3  外注費のみを支払っているか、人件費のみを支払っているか又は両者を支払っているかという事情を考慮していない。

外注費のみを支払っている場合は、自己が直接請け負う直請がほとんどであり、人件費のみを支払っている場合は下請がほとんどであるが、直請か下請かによって、単価や得意先等の営業形態が全く異なる結果、売上金額及び必要経費にも大きな差異が生じる。そして、原告の営業形態は、昭和四六年にはほぼ一〇〇パーセント下請であったのに対し、昭和四七年及び昭和四八年には約二〇パーセントの直請が入るに至り、これにより売上金額が約二倍に上昇したものである。

4  従業員の数及び経験年数を考慮していない。

印刷業の工程はその性格上極めて微妙な技術を必要とするから、従業員の熟練度及びその員数は、作業能率や対外的信用すなわち営業成績に直結し、その結果売上金額及び必要経費に差異が生じる。

5  取引先の種類、固定した取引先を有するかどうか、固定した取引先の取引高割合により、売上金額及び必要経費に差異が生じるのに、これらを考慮していない。

第七原告の反論に対する被告の認否及び再反論

一  原告の反論四に対する認否

1  同1の(一)ないし(三)の各表の順号<2>ないし<5>はいずれも否認する。

2  同2のうち、原告の本件係争各年分の外注費及び人件費が実額で把握できるとの主張は争い、本件差益率及び本件一般経費率が本件各更正に係る審査裁決で採用された数値であることは認める。

二  原告の反論四及び五に対する再反論

原告の主張する所得金額の算出方法は、外注費及び人件費が実額で把握できないからその前提において失当であるが、この点を別にしても、次に述べるとおり、被告の推計方法に比し、より合理性があるとは到底いえない。

1  原告は、外注費及び人件費のみならず、売上原価及び一般経費についても実額を主張してしかるべきであるのにこれを回避しているが、これは各経費項目のうちあるものについては実額を、他のものについては推計額をいわば便宜的、御都合主義的に主張しているにすぎない。

2  本件同業者を含む個人印刷業者が各経費項目について統一的な会計処理をしていないことから、各経費項目ごとの額を推計してもその中には異なった性格の経費が混在し、右推計によって得られる数値はかえって実額から遊離する結果となるのは、被告の主張三2後段に述べたとおりである。したがって、原告が援用するところの本件差益率及び本件一般経費率を適用して得られる数値の中に外注費及び人件費が混在していないとは限らない。

3  原告は、原告の算出方法によれば原告の昭和四八年分の事業所得金額が四一六万一一九三円であると主張するが、右金額は、同年分の本件更正で認定された事業所得金額三九九万三八三七円を超えるものであって、右主張は失当である。

三  原告の反論六に対する再反論

原告が同業者比率(平均経費率)を算出するための同業者を抽出するに当たり考慮すべきであると主張する営業条件等は、いずれもこれらの条件を満たす同業者を求めることが実際上極めて困難であり、仮に求めえたとしても、ごく限られた同業者数となるから、これを基礎として行う推計は、むしろ普遍性を欠くことになる。しかも、右営業条件等は、次に述べるとおり、いずれも、これを考慮するに値しないものである。

1  同業者の営業年数は、本件同業者の平均値の中に捨象されるべき性質のものであるばかりでなく、原告が昭和二四年から印刷関係の仕事に従事し、昭和四二年八月には独立して印刷業を開始し、その後年々売上げを増加させつつ、昭和四六年ないし昭和四八年までに四年ないし六年余を経過したことに照らせば、原告の主張する事情が被告の推計方法を不合理ならしめるほど顕著なものとはいえないものである。

2  被告は、本件同業者の抽出基準の一つとして、原告の本件各年分の売上金額のほぼ半分から二倍までの者であることを採用したが、右基準内の同業者というものは、おおむね、同種同台数の印刷機械を所有して営業しているものであるから、印刷機械の機種及び台数の差は本件同業者の平均値の中に捨象されるべきものである。

3  直請の場合に外注を利用することはもちろんであるが、従業員二、三名程度の業者に多い下請の場合にも多かれ少なかれ外注を利用しているのであるから、直請か下請かを考慮すべきであるとする原告の主張は、そもそも前提において理由がないというべきである。

第八証拠

口頭弁論調書記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告の請求原因一及び三の事実は、当事者間に争いがない。

そこで、本件各更正に違法事由が存するかどうかについて判断する。

二  原告は、本件調査は、四谷税務署長所部係官が本件調査に際し、原告から調査の具体的理由を開示するよう強く要望されたのにこれを開示せずに行われた点及び原告に対する調査を行うことなく原告の取引先を調査して原告の営業を妨害した点において違法であり、かかる違法な調査を前提としてされた本件各更正は違法である旨主張する。

そこで、まず、本件調査の経緯について検討するに、証人望月高夫の証言及び原告本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。

1  四谷税務署長は、原告の昭和四五年分及び昭和四六年分の各所得税確定申告書に所得金額の記載があるのみで、収入金額及び必要経費の記載がなかったため、右申告所得金額の計算内容が不明であり、また、昭和四七年分の所得税確定申告書には所得金額の外に収入金額と思われるものの記載もあったが、これによると収入金額に対する所得金額の割合が原告と同規模程度の同業者に比較して過少であると判断され、かつ、必要経費の記載がないため右申告所得金額の計算内容が不明であったことを理由として、原告を調査対象者に選定し、望月係官に調査を命じた(昭和四五年分及び昭和四六年分の各確定申告書に所得金額のほか収入金額が記載されていることは、当事者間に争いがない。)。

2  望月係官は、昭和四八年一二月一三日、原告の昭和四五年分ないし昭和四七年分の所得税調査のため原告の事務所へ臨場し、右調査に協力するよう頼んだが、その際、原告から、調査とはどういうことを行うものであるのか、また何年分についての調査であるのかを尋ねられたため、調査とは、申告所得金額が正当なものであるかどうかを確認するために原告の協力を得て原告の収入金額及び必要経費の内訳を調べることをいい、原告に対する調査は昭和四五年分ないし昭和四七年分について行う旨答えたところ、原告からそれ以上調査の理由の開示等を求められるようなことはなかった。そこで、望月係官は、帳簿書類の提示を求めたが、原告が帳簿書類を世田谷区の自宅に置いており、原告の事業所へ取りそろえ次第望月係官に電話連絡する旨答えたので、当日は、原告の事業の概況や帳簿の記載状況等について聴取しただけで辞去した。

3  その後、望月係官は、原告から連絡がなかったため、原告に電話連絡をし、早急に帳簿書類を提示するよう求めたが、原告から整理がつき次第連絡する旨の申出があったので、更に、原告の連絡を待つことにしたが、原告からは何の連絡もなかった。

4  望月係官は、昭和四九年一月一七日、原告に再度電話連絡をし、帳簿書類の提示を求めたところ、原告から今度はこれを断わられるに至ったため、原告を電話で説得するのは困難であると判断し、翌一八日に面接する約束を取りつけ、同日、原告の事業所へ臨場し、原告に対し帳簿書類の提示を求めたが、原告から、取引先からの要望等もあって提示するわけにはいかない旨告げられ、結局原告が同月二一日までに連絡する旨の約束を取りつけて当日の調査を中止した。

5  その後原告からの連絡がなかったため、望月係官は、同月二三日午後二時ごろ、原告の事業所へ臨場し、原告に対し、原告が約束した電話連絡をしなかった理由を問うたところ、原告から、原点に帰って話をしたいとして、ここで初めて調査の理由を開示するよう求められた。そこで、望月係官が前記1の原告に対する調査の理由を説明したところ、原告からそれ以上の説明を求められるようなことはなかった。そして、望月係官が、原告に帳簿書類の提示を求めたところ、原告はどのように対応すべきかを民主商工会事務局に電話連絡して尋ねるなどした結果、最終的にこれを拒否した。望月係官は、更に、人件費等について質問しようとしたが、原告が外出の仕度を始めたため、これ以上原告の協力が得られないものと判断し、原告に対し、気持が変わったら電話連絡をしてくれるよう告げて、当日の調査を中止した。

6  望月係官は、その後も原告から何の連絡も受けなかったため、原告の取引先等の関係者について反面調査を開始した。

7  原告は、昭和四九年三月に昭和四八年分の所得税確定申告書を提出したが、右申告書には収入金額と所得金額の記載があるものの、これによると収入金額に対する所得金額の割合が原告と同規模程度の同業者に比較して過少であると判断され、かつ、必要経費の記載がないため右申告所得金額の計算内容が不明であったため、四谷税務 長において、原告の昭和四八年分についても調査することにし、望月係官に右調査を命じた。

8  望月係官は、昭和四九年七月一六日、原告の事業所へ臨場し、原告に対し、昭和四八年分についても、右7の理由で調査したい旨告げて帳簿書類の提示を求めたところ、原告から翌一七日午後二時ごろ都合が良いと告げられたため、同日同時刻ころ原告の事業所へ臨場したが、原告が不在で結局同日中に面接することができなかった。

9  望月係官は、翌一八日、原告に電話連絡をし、翌一九日午前九時半に会う約束を取りつけ、同日同時刻ごろ原告の事業所へ臨場したが、原告が不在であったので、同日午前一〇時半ごろ再度臨場したところ、原告が事業所の外へ出て後ろ手に入口の戸を閉めて応待した。望月係官は、帳簿書類の提示を求めたが、原告からの調査理由を再度尋ねられたため、前記7の調査理由を説明したところ、原告は、右調査の理由は分かるとしながらも、結局帳簿書類の提示を拒否した。望月係官は、更に、人件費等について質問したが、その一部について聴取できただけで、詳細な応答が得られなかった。

10  そして結局、四谷税務署長は、反面調査によって把握した資料に基づき原告の所得金額を算出し、本件各更正をした(なお、昭和四五年分については、更正の期間の関係でこれを行うことができなかった。)。以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、質問検査に際し、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知することは、法律上一律の要件とされているものではなく、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであり、本件調査に際しては、右認定のとおり、原告に対して一応の調査理由の告知がされているから、この点に関する原告の右主張は理由がない。

また、反面調査は、諸般の事情にかんがみ客観的な必要性があり、かつ、社会通念上相当な限度にとどまる限り、その時期、程度については、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであるところ、本件調査における反面調査は、右認定のとおり、望月係官が再三原告の事業所へ臨場するなどして帳簿書類の提示等調査協力を要請したのに対し、原告が帳簿書類の提示をせず、調査に協力しなかったために開始されたものであるから、右反面調査の客観的で合理的な必要性があったことは明らかであり、この点に関する原告の主張は理由がない。

そして、他にも本件調査の過程において違法が存しないことは前記認定事実に照らして明らかであるから、本件調査の違法を前提として本件各更正が違法であるとする原告の主張は理由がない。

三  原告は、本件各更正に係る更正通知書に更正の理由が具体的に示されていないから違法である旨主張する。

しかしながら、原告は白色申告者であるところ、法令上白色申告書に係る更正についてはその更正通知書に更正の理由附記が要求されておらず、憲法三一条の規定の趣旨から更正の理由附記が要求されていると解することもできない。また、更正の理由附記がされていなければ、更正に対する異議審理手続で意見を陳述することができないとか、あるいは、更正の取消しを求める訴訟手続で攻撃防禦方法を尽くすことができないというものでもない。よって、原告の右主張も失当である。

四  原告は、本件各更正が原告の総所得金額(事業所得金額)を過大に認定したものであるから違法である旨主張するので、以下検討する。

1  原告は、原告の昭和四八年分の事業所得金額が四一六万一一九三円を下回らないことを自認しているところ、右金額は、同年分の本件更正で認定された原告の事業所得金額三九九万三八三七円を超えるものであるから、同年分の本件更正が原告の事業所得金額を過大に認定したものとしてその取消しを求めるのは、その主張自体において失当というべきである。

2  原告の昭和四六年分及び昭和四七年分の各売上金額、各利子割引料及び各地代家賃並びに昭和四七年分の貸倒金が被告の主張する金額のとおりであることは、当事者間に争いがない。

3  被告は、売上原価、一般経費、外注費、人件費等の全体を売上原価等としこれを一括して推計するのに対し、原告は、右各経費項目中外注費及び人件費について実額で、これらを除いた売上原価及び一般経費についてのみ推計により算出する原告の算出方法の方がより合理的である旨主張するので、検討する。

成立に争いのない乙第五号証、証人田中健介、同大平継吉、同稲永封吉、同岩村勉及び同大関信邦の各証言(ただし、後記採用しない部分を除く。)並びに原告本人尋問の結果によれば、次の各事実が認められる。

(一)  オフセット印刷は、写植版下、写真製版、刷版、印刷及び後加工(裁断、ビニール加工及び製本等)の五段階の工程を経て行われるものであるところ、東京都における印刷業者のうち右印刷工程のすべてを自ら行うのは大手業者に限られており、それ以外の中小規模の印刷業者は、各自が専ら右のいずれかの工程のみを取り扱い、その余の工程についてはこれを専門に取り扱う他の業者に委ねる分業体制が確立している。

したがって、中小規模の印刷業者が印刷の全工程にわたって受注したとき、すなわち直請のときには、自ら取り扱わない工程については、これを他の業者に下請として外注し(ただし、例外的には、本来自ら取り扱う工程についても、その注文内容が時間的に又は設備の点で自ら行いえないような場合には、これを他の業者に外注することがあるし、また、他の印刷業者から下請として外注を受けた場合にも、更にその一部の印刷工程について、他の業者に外注することもある。)、その対価としての外注費を支払っている。

(二)  外注費は、本来売上原価に属するから、所得税青色申告決算書中の売上原価の欄に計上すべきものであるが、原告の同規模程度の個人印刷業者のうち大多数の者は、右売上原価の欄に原材料の仕入高のみを計上し、外注費については、これを修繕費、消耗品費、雑費等のいわゆる一般経費とも区別した独立の経費項目に属するものとして処理しており、現に本件同業者として抽出された者においても右同様の経理処理を行っていたことがうかがわれる。

(三)  製造業における給料賃金は、本来それが製造工程に従事している従業員に対するものであれば売上(製造)原価に、そうでなければいわゆる特別経費に属するものであり、これを人件費として一括して経理処理することは相当でないのであるが、原告と同規模程度の個人印刷業の大多数は実際上これを人件費として一括し、所得税青色申告決算書中の給料賃金の欄に計上し、現に、本件同業者として抽出された者においても右同様の経理処理を行っていたことがうかがわれる。

以上の事実が認められ、前掲証人大平、同稲永、同岩村及び同大関の各証言中右認定に反する部分は認定できない。

右認定(一)の事実によれば、印刷業者の受注形態(直請か下請か)いかんにより外注費の多寡に個人差が生ずること、同(二)の事実によれば、原告と同規模程度の個人印刷業者にあっては、外注費につき、これを売上原価及びいわゆる一般経費と区別した独立の経費項目として経理処理しているのが通常であること、同(三)の事実によれば、原告と同規模程度の個人印刷業者にあっては、人件費についても、これを売上原価及びいわゆる一般経費と区別した独立の経費項目として経理処理しているのが通常であることがそれぞれ推認でき、また、従業員の有無ないしその人数のいかんにより人件費に個人差が生ずることは明らかである。

そして、原告は、外注費及び人件費は実額で認定し、外注費及び人件費を除く売上原価及び一般経費を本件差益率及び本件一般経費率を援用して算出すべきである旨主張するところ、成立に争いのない甲第三二ないし第三五号証によれば、本件差益率及び本件一般経費率は、いずれも原告の売上原価及び一般経費(外注費、人件費、支払利息、地代家賃、建物及び権利金の減価償却費、機械の特別償却費、貸倒損失並びに雑損失を除く。)を推計するために、本件各更正に係る審査裁決において採用された数値(同業者比率)であること(本件差益率及び本件一般経費率が右審査裁決で採用された数値であることは、当事者間に争いがない。)、右数値は、原告の類似同業者として、被告が本件各更正に係る異議決定において採用し、かつ、審査請求において主張した同業者の中から、審査裁決庁において、原告と売上金額、従業員数、機械台数が近似するものと認定した同業者の青色申告書中の損益計算書に基づいて算出した差益率(売上金額に対する差益金額(売上金額から売上原価の額を控除した額)の割合)及び一般経費率(売上金額に対する一般経費の額の割合)の平均値であり、いずれも原告主張のとおりの数値であることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

被告は、本件差益率及び一般経費率を適用して得られる数値の中に外注費及び人件費が混在していないとは限らないと主張するが、以上に認定した事実によれば、原告の類似同業者にあっては、外注費及び人件費については売上原価及び一般経費と区別した独立の経費項目として経理処理しているのが通常であり、現に、審査裁決庁は外注費、人件費等を除外した売上原価及び一般経費を推計するために本件差益率及び本件一般経費率を採用したものであり、被告においても同様の認識により異議決定をし、かつ、審査請求において主張したものであるから、被告の右主張は失当である。

以上に述べたところを総合すれば、本件差益率及び本件一般経費率を適用して原告の外注費及び人件費を除いた売上原価及び一般経費を推計する方法は合理性を有するものといえるから、原告の主張するように原告の外注費及び人件費を実額で把握することができるのであれば、原告の事業所得金額を算出する方法として原告が主張するところは、被告の推計方法に比して論理的により実額に接近しうる算出方法として合理性を有するものというべきである(ただし、これは相対的なものであって、右のように解することにより被告の推計方法の合理性が一般的に否定されるものではない。)。

4  そこで、まず、原告の昭和四六年分及び昭和四七年分の人件費について実額で把握できるか否かについて検討する。

原告は、別表八記載のとおり各雇人を雇用し人件費を支払った旨供述し、また、甲第六〇号証(木村重次作成の報告書)には、木村重次に関して右供述にそう記載がある。

しかしながら、次に述べるような事情を考慮すると、右供述及び記載は到底措信することができない。

(一)  原告は、昭和四二年から給料支払明細書を作成し、各雇人に対して発行し、その控えをとっていた旨供述しているが、本件係争各年分に関するものとしては甲第五七、第五八号証の各一を第二三回口頭弁論期日に至り提出するのみであり、他には人件費の支払を裏付ける客観的な資料は全く提出していない。しかも、右甲号各証は、原告に対する本件調査が開始された月である昭和四八年一二月分の木村及び阿部あての各給料支払明細書の控えにすぎず、他方において外注費についてはこれを実額で算出する資料として領収証、請求書等(甲第一ないし第三一号証。ただし、枝番を含む。)を提出していること等と対比して勘案すると、原告は、昭和四八年一一月以前は給料支払明細書を作成していなかったか、作成していたとしても、その控えを故意に提出していないものと推認せざるをえない。

(二)  原告は、人件費等について控えていた大学ノートを保有しており、昭和五五年八月三日当時、右大学ノートに基づいて木村重次と確認し合って甲第六〇号証を作成し、同人に署名押印してもらった旨供述しているが、他方、右大学ノートの内容については人件費等の記載があったりなかったりしていると供述し、また、右大学ノートの所在については現在ないと供述したり、捜せばあると思うと供述したりしており、供述自体極めてあいまいである。右大学ノートは、原告の供述どおりであるとすれば原告の人件費の主張を裏付ける重要な資料となりうるものであるのにかかわらず、ついに証拠として提出されるに至らず、本件係争各年分の人件費について正確な記載のある右大学ノートが存在していたこと自体、極めて疑わしいといわざるをえず、その存在を前提とする甲第六〇号証の記載内容も措信し難い。

(三)  証人旗手哲夫は、原告の事業所に昭和四六、七年ごろ勤務して給料をもらっていたことは事実であるが勤務期間については記憶がない旨及び給料月額についても記憶がないが七万円より上で一〇万円近くではないかと思う旨証言するのみで、その証言内容にはあいまいな点が多く、同証言を同証人らの勤務期間及び給料月額を認定する資料とすることは到底できない。

(四)  前掲甲第三二号証によれば、本件各更正に係る審査請求において、本訴における原告の主張額とほぼ同額の給料の支払があった旨の記載のある北島茂、旗手哲夫及び木村重次作成名義の各確認書が提出されているが、これらはいずれも支払給料額等を証明しうる資料に基づいて作成されたものではなく、原告の指示等により作成されたものであること、同様に作成・提出された阿部利昭作成名義の確認書の記載額は本訴における原告の主張額と大幅に相違すること、右審査請求に係る裁決においても、審査裁決庁の調査等に照らし、右各確認書はいずれも採用することができず、原告の本件係争各年分の人件費を実額で把握することができないとされていることが認められる。

そして、他に原告の昭和四六年分及び昭和四七年分の人件費を実額で認定しうる証拠はない。また、これを推計により算出しうる資料も存しない。

そうすると、原告主張の算出方法による原告の事業所得金額の算出は、更に進んで原告の昭和四六年分及び昭和四七年分の外注費について実額で把握できるか否かについて検討するまでもなく、その前提においてすでに不能に帰することが明らかであるから、右方法を採用することはできない。

5  そこで、被告の推計方法について検討する。

前掲乙第五号証、証人大平継吉の証言により成立が認められる乙第一号証の一ないし四、同稲永封吉の証言により成立が認められる乙第二号証の一ないし四、同岩村勉の証言により成立が認められる乙第三号証の一ないし四及び同大関信邦の証言により成立が認められる乙第四号証の一ないし四並びに右各証言によれば、次の各事実が認められる。

(一)  東京国税局長は、昭和五四年一二月二五日付けで、原告の事業所が本件係争各年分当時その管轄区域内に所在した四谷税務署長並びにその近隣の淀橋、小石川及び本郷各税務暑長に対し、本件係争各年分を対象年分とし、それぞれの税務暑管内において次の各要件のすべてに該当する者全員の売上金額、売上原価等及び経費率(売上原価等を売上金額で除して得た数値)を報告するよう求めた。

(1) 印刷業を営む個人のうち、オフセット印刷機を所有して、オフセット印刷を専業としている者

(2) 所得税の申告を青色申告によっている者

(3) 売上金額が、昭和四六年分は四〇〇万円以上一六〇〇万円以下、昭和四七年分は八〇〇万円以上三三〇〇万円以下、昭和四八年分は八〇〇万円以上三四〇〇万円以下の範囲内にある者

(4) 外注費及び人件費(青色事業専従者給与を含む。)の両者又はいずれかの支払がある者

(5) 年を通じて事業を継続している者で、災害等により経営状態が異常でない者

(6) ただし、更正又は決定処分を行ったものについては、国税通則法又は行政事件訴訟の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していないもの及び当該処分に対して不服申立てがされ又は訴えが提起されて現在審理中であるものを除く。

(二)  これを受けて、右各税務署の担当職員は、各管内の個人事業経営者の所得税青色申告決算書に基づき、かつ、右(1)の要件については当該事業者に電話で照会して確認するなどして、右各要件のすべてに該当する者全員を抽出し、報告事項を調査し、東京国税局長に対して報告したが、その内容は別表四ないし六記載(ただし、平均経費率欄を除く。)のとおりであった。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、平均経費率算出の対象となった本件同業者は、原告の事業所所在地の近隣地域において原告と同様にオフセット印刷業を営む個人事業者であり、その売上金額が原告の売上金額のおおむね二分の一から二倍までの範囲内にあり原告とほぼ営業規模を同じくし、特殊事情のあるものは除かれているから、同業者の抽出基準に合理性があり、また、その抽出について恣意の介在する余地がなく、かつ、右の報告内容は、該当事業者の所得税青色申告決算書に基づき最終課税事績の金額が記載されたものであるから、右の同業者の実在性、資料の正確性が担保されているということができる。更に、右同業者の抽出件数が資料に客観性を与えるに足りるものであることも肯認しうる。したがって、このような同業者の平均経費率は普遍性が担保されているというべきであり、右平均経費率を基礎に原告の売上原価等を推計することは合理的なものというべきである。

これに対し、原告は、<1>同業者の営業年数、<2>同業者の所有するオフセット印刷機械の機種及び台数、<3>外注費及び人件費のいずれを支払っているかの事情、<4>従業員の数及び経験年数、<5>取引先の種類、固定した取引先の取引高割合等を考慮していない被告の推計方法は不合理であると主張する。

しかしながら、同業者の平均値による推計の場合には、一定数の同業者が確保されている限り、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異による経費率の差異はその平均により捨象されているというべきであるから、納税者の個別具体的営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計自体を著しく不合理ならしめるほど特異なものでない限り、これを斟酌することを要しないと解すべきである。これを原告主張の右<1>ないし<5>の営業条件についてみるに、原告の供述その他本件全証拠によっても、被告主張の本件同業者の平均経費率により原告の売上原価等を推計することを不合理ならしめるほど特異な事情が原告に存したことを認めるには至らないし、また、本件同業者の抽出基準として業種、業態、事業場所、売上金額による営業規模の各点について原告との類似性が考慮されていることは前記のとおりであって、右<1>ないし<5>の営業条件は、いずれも本件同業者の平均経費率の中に捨象されるべき性質のものということができるから、これらについてまで個々に原告との類似性を考慮する必要はないというべきである(右営業条件のすべてにわたり原告と類似性を有する同業者を求めることは、仮にそれが可能であるとしても、その数はごく限られたものとなるであろうことは否定できず、これを基礎とする推計は、かえって普遍性を欠くこととなるといわざるをえない。)。よって、原告の右主張は理由がない。

6. そこで、別表四及び五記載の本件同業者の各経費率から平均経費率を求めると、昭和四六年分が六一・九九パーセント、昭和四七年分が五六・九二パーセントとなる。そして、右平均経費率と前記2の売上金額に基づいて、原告の売上原価等を算出すると、被告主張額のとおり、昭和四六年分が四九五万八九九五円、昭和四七年分が九四〇万六九七四円となり、更に、原告の事業所得金額を算出すると、被告主張額のとおり、昭和四六年分が一九二万五二八三円、昭和四七年分が四七八万七六六六円となる。

7. そうすると、昭和四六年分及び昭和四七年分の本件各更正に係る総所得金額は、いずれも右に認定した原告の事業所得金額の範囲内であるから、右各更正に原告の総所得金額を過大に認定した違法はない。

五、以上に述べたとおり、本件各更正に原告主張の違法はないから、本件各更正を前提としてされた本件各賦課決定も違法でない。

六、よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅弘人 裁判官 杉山正己 裁決官立石健二は転官につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 三宅弘人)

別表一 昭和46年分

<省略>

別表二 昭和47年分

<省略>

別表三 昭和48年分

<省略>

別表四 昭和46年分

<省略>

別表五 昭和47年分

<省略>

別表六 昭和48年分

<省略>

別表七

<省略>

別表八

<省略>

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